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科学の目で見た伝統食品 ~豆腐の科学~

私たちの身の回りには多くの食品があふれかえっています。その中には加工された食品も多くあり、加工の途中でもともとの 食材に何らかの科学的な変化が加えられている事が多くあります。実は、最近開発された食品だけでなく昔から作られている 伝統的な食品の各工程にも科学的な意味があるものが多くあります。その例として今回は豆腐を紹介します。

1. 豆腐はどうやって作られるか

どのような豆腐を作るかによって微妙に異なりますが、 大豆を原料としてだいたい以下のような工程にそって作られます。

  1. (洗浄・水浸漬)原料の大豆を洗浄し、水につける(冬場なら 12 - 16 時間、夏場なら 8 - 10 時間)。
  2. (摩砕)大豆を水から取り出してくだきながら、再び水を加える。
  3. (加熱・豆乳の分離)98 - 100 ℃ で加熱し、おからを取り除いて豆乳を得る。
  4. (凝固・成型)豆乳に凝固剤を加え、圧縮や成型を行って、豆腐の完成。
洗浄 → 磨砕 → 加熱 → 凝固 → 完成

これらの手順にはどういった目的があるのかというと、

といった具合で、それぞれの工程にきちんと意味あります。どの工程も豆腐の製造には必要なものですが、 このうち科学的に重要な変化が起こるのは 3. の加熱と 4. の凝固です。これらについて詳しいお話しをします。

2. 大豆たんぱくの加熱による変性について

通常たんぱく質は 1 本の鎖状になっていることが多いのですが、大豆たんぱく質の主成分はサブユニットと呼ばれる球状の いくつかのかたまりが集まってできたたんぱく質です。豆腐製造工程の 3.(加熱)では普通、加熱は豆乳が沸点(100℃)に 達してから 3 - 5 分程度まで行われます。それ以上加熱すると弾力性がなくなり、凝固しなくなってしまうからです。 ちなみに加熱がそれ以下の場合も、うまく豆腐を作ることはできません。

こうした現象が起こる理由を上図に基づいて説明します。加熱前にはたんぱく質中の各サブユニットには外側に 親水性領域(水に溶けやすい領域)、内側に疎水性領域(水に溶けにくい領域)があります。 加熱すると 80 - 90 ℃ぐらいから糸玉状のサブユニットはほぐれ始め、内部にある反応しやすい部分が外側に出てきます。 ほぐれた糸は互いに絡みやすくなりますが、なかでもたんぱく質中の一部の SH 基と呼ばれる部分が近くの分子の SH 基と 反応して結合し、各々の糸(サブユニット)の間に S-S 結合と呼ばれる結合を作り絡み合います。互いに絡み合った糸玉は 大きなかたまりとなり、親水性を失って沈殿しやすくなって、凝固剤を加えると容易にゲル(ゼリーやスライムのような 半固体状の物体)となり、沈殿します。加熱温度が足りないと糸玉は十分にほぐれずに絡み合いがうまくいかず、 また加熱しすぎると結合が堅くなり、ゲルはできなくなります。さらに過熱し過ぎや高温での放置では SH 基が反応性を失い ちょうど良いゲルができなくなります。

なお、通常の大豆たんぱく質はやや酸性だと沈殿しやすくなるのですが、加熱によって分子同士が絡み合った状態になると 分子量的にも電気的にもより沈殿しやすくなり、もう少し弱い酸性の状態でも沈殿、凝固がおこるようになります。

3. 豆腐の凝固について

ついで凝固についてお話します。現在用いられている凝固剤には大きく分けてカルシウム塩やマグネシウム塩といった 金属塩(一般ににがりと呼ばれているものは金属塩の一種です)と、グルコノデルタラクトンの 2 つがあり、 凝固の機構はそれぞれで異なります。

3.1. 金属塩を用いた場合

カルシウム塩やマグネシウム塩を用いた場合は、たんぱく質分子のマイナスに荷電した部分同士をカルシウムや マグネシウムのイオンが結び、橋を架けた状態にすることで強固なゲルを作ります。加えて、大豆中のフィチン酸 (あるいは添加ポリリン酸化合物)が金属イオンの仲立ちをして、より水を抱えやすいゲルをつくるために働きます。

3.2. グルコノデルタラクトンを用いた場合

グルコノデルタラクトンは加熱中にグルコン酸となり、豆乳の pH を徐々に低下させるので、 ヨーグルトと同様にさん酸凝固し、保水力のあるゲルを形成します。

ここで問題です。違う凝固剤を用いたら豆腐の性質はどう変わるのでしょうか?

一般に豆腐の凝固は凝固剤と接触した点から進み、一部はまだ凝固していない豆乳を抱き込みつつ、同時に凝固しない成分を 排出しながら凝固物同士の結びつきが完成します。グルコノデルタラクトンの場合豆乳と混ぜた後グルコン酸が生じていく過程で 凝固反応が進むと考えられています。豆乳に凝固剤を加えたとき、硫酸カルシウムでは一部溶けたカルシウムがたんぱく質と 接触した時点ですぐに凝固反応が始まるのに対して、グルコノデルタラクトンでは豆乳に加えた時点では酸としての性質を 示さず、豆乳中で徐々にグルコノデルタラクトンがグルコン酸に変化していきます。そのため、硫酸カルシウムより一段遅れた 凝固反応が全体で均一に進みます。従ってグルコノデルタラクトンの方が部分的な凝固むらが少なくなっており、 グルコノデルタラクトンによって作られた豆腐は金属塩によって作られた豆腐に比べかた堅い傾向があります。 現在、部分むらが少ないことがグルコノデルタラクトンによる豆腐の全体を強く凝固させる原因であると考えられています。

また、金属塩を用いた場合とグルコノデルタラクトンを用いた場合では細かい部分の構造にも違いがでてきます。 例えばカルシウム塩を用いた場合はカルシウム橋によるたんぱく質の結合がしっかりとしているのが観察され、 一方グルコノデルタラクトンによる酸凝固ではもろい構造のように観察されます。 また、同じカルシウム凝固でも、堅い豆腐と柔らかい豆腐では網目構造の細かさに差があります。

豆腐の堅さ、柔らかさ、弾力性は凝固粒子の大きさ、粒子間をつな繋ぐ結合の強さ、網目の細かさなどに関連してくることが わかっており、どの凝固剤をどのくらいののうど濃度で使用したかによってこれらは変わり、豆腐の堅さも変わってきます。

参考資料

文責:村上公也

http://www.t-scitech.net/history/miraikan/shokuhin/kouzou2.html